グリーンパル・カフェ Vol.10 report 
日時 2005年5月15日(日曜日) 13:00〜16:00
講師 甲斐徹郎氏
題目 まちに森をつくって住む
■講演内容報告■
初めにクーラーを使わないでいかに涼しく過ごすかという方法について説明された。なぜ人は暑いと感じるか。それは温度ではない。そのメカニズムを探るため、まずは考えるより感じるをモットーに置き 物の牛(金属製)と座布団の温度差を当てる実験を行なった。参加者の多数は5〜6℃違うのではないかと手を挙げていたが、実際に赤外線温度計で測ってみたところ両者とも19℃で、参加者からは驚きの声が出た。ではなぜ牛のほうが冷たく感じるかというと私達の体は放熱していてその放熱するスピードが速いほど、人は涼しく感じるそうだ。またウチワなどで仰ぐことや汗をかくこともその放熱スピードを上げる効果がある。
次に手を擦って耳に当てる実験をした。手から「もあっ」と熱いもの感じた。これは夏場にクーラーの効いている電車の車内に太ったおじさんが入ってきて空気が温まるのと同じ事であるとのこと。流山の住宅を例に挙げて家が夏場熱くなるメカニズムを説明された。ベランダに直射日光が当たってそこに蓄熱される。表面温度は60度くらいに達する。一度蓄熱すると石焼ビビンバと同じように、その熱は逃げにくく家の中の空気を暖めてしまう。
そこですだれを使って日陰をつくり家の周りの空気を暖めないようにする。ここでまた体感実験を行なった。すだれの前に参加者全員が一人ずつ立ってすだれの後ろ側にある電灯からの熱を感じる実験だ。すだれに霧吹きで水をかける前と後では熱の伝わりが全然違い、実際温度計で測っても50℃ほどあった表面温度が20℃くらいまで一気に下がっていた。しかしこれを日常生活に実践すると四六時中水をすだれにかけていなくてはならないので現実的ではない。そこで植物の力を借りる。ニガウリやヘチマの緑のカーテンである。 ある小学校でこの緑のカーテンを実践して一日にどのくらい水が蒸散されているのかを調べたところ400リットルという結果だったそうだ。次に緑のクーリングタワーについての説明を甲斐さんのお住いでもある経堂の杜で説明された。建物の北側に高木を植えると木の周りに上昇気流が生まれ、冷たい空気が木の下に貯まる。ケヤキの上の方と下の方の気温を比べてみると4℃ほど違いがあるという。その冷やされた空気をうまく室内に取り込む設計と、南側に樹木を植えて水の壁をつくることで経堂の杜は日中でもクーラーを使わずに27℃前後であるという。また夜間の冷やされた空気を取り込み家の中のものに蓄冷することも大切だとそうだ。夜11時にすべて窓を開け、朝7時(6時)には窓を閉めて涼しさを家の外に逃がさないようにする。冬はこの逆で、家の中の黒い石を使った床を日差しによって暖める。石焼きビビンバの原理である。
(休憩)
次に「まちに森をつくって住む」ことについて理論的に足し算と掛け算の考え方を使って説明がなされた。
足し算 = 便利さは物が創り出す
クーラー、ソーラーパネル、屋上緑化など物に頼ってどんどんパーツを足していく涼しさのつくり方
掛け算 = 豊かさは関係が創り出す
中間領域 × 南の庭 × 北の庭 × 街路樹 × 隣の庭 × 周辺の緑地
というように外へ外へ関係性を広げていく涼しさのつくり方
この両者の涼しさはイコールではない。便利さは分けること、パーツ化することであり、豊かさはつなげることである。気候をつなげ涼しさを創り、視覚をつなげ景観を創り、利用をつなげることで生活領域を創り出す。
沖縄の事例をもとに説明があった。1962年以前は各々の家が高い杜のような生垣に囲まれていて全体が杜のようであった。生垣は周囲の風から建物を守るためのものであったがそこには確かなつながりから生まれる豊かさあった。しかし建物の技術革新が進んでいまではコンクリートの家々が建ち、杜は完全に無くなっている。また周囲との関係もなくなってしまっている。便利さが豊かさを失わせてしまった。これを整理してみると次のようになる。
第1パラダイム
不便だけど豊かな時代 − 依存型共生
第2パラダイム
便利だけど豊かでない時代 − 自立型孤立
第3パラダイム
便利さも豊かさも同時に追求する時代 −自立型共生
足し算価値を追い求めていた第2パラダイムから掛け算価値を追求する第3パラダイムへと移行しつつある。第3パラダイムは自立価値(プライバシー価値)と共生価値(コミュニティー価値)、共有価値の追求という言葉でも表される。その事例として欅ハウスビデオ上映する。
(欅ハウスビデオ上映)
関係のデザインにおいて個から考える自己組織化という話があった。大概街づくりとなると個人では手に負えない話のように思える。しかし渡り鳥が簡単なルールのもとで、あとは銘々勝手に飛ぶというだけで編隊飛行をするように、個がエゴの追求することによって得の連鎖反応が生まれ、ゆくゆくは環境デザインをしたことになるという。個人がエゴを追求することでエコロジーベネフィットやコミュニティーベネフィットが大きくなる。
(質疑応答)
Q:欅ハウスのビデオの中に車を必要としている世帯数に対して駐車場が足りないという話があったが、そうした問題をどうクリアーしたらよいのか?
A:欅ハウスの場合、不足分は外の契約駐車場で借りてそれをローテーションして利用している。また経堂の杜では2世帯で1台を所有することにした。そのお陰で経費が半分になる。使い方のルールさえあれば車は一家に一台でなくても十分間に合う。
■感想■
たいへん盛沢山の講演でとても勉強になった。また事例などがたくさん紹介されていてわかりやすく、体感することで実感ができた。私もいつかクーラーを使わなくても快適な
家がほしいと思った。エゴの芽生えだ。また得の連鎖という話もたいへん納得した。何とかしてはやく一歩先を行く第3パラダイムの生活をしたものだ。
講演の後の懇親会では自己紹介時に、甲斐先生のご提案でひとりひとり自分にとっての豊かさについて一言述べることになった。たくさんの方が「時間」であったり「人と人とのつながり」であったり、と思い思いの豊かさについて述べられていた。私はグリーンパル・カフェ初参加でこういう場に慣れていないので、何をいっていいかと思って緊張したのだが、他の参加者は、若い学生さんから熟年の方までが自分の意見をきちんと伝えられる人が多くて感心した。会場のどなたかの言葉を借りると「日本も捨てたものじゃない。」と。私自身の豊かさはいかに太陽エネルギーを直接取り込むかに掛かっている。あやふやな意見だが、太陽といった時点で会場の多くの方がうなずいてくれたところにこれまた意識の高さを感じた。私はアメリカのサンフランシスコで一ヶ月間インターンをしていた時に、アメリカ人の暮らしぶりの中に感じたことあった。それは食べ物を大切にしないことだ。ドギーバックで持って帰る人も多少いるが大抵はポテトだとかパンだとかが、残されたままペーパーナプキンと共にぐちゃぐちゃにして皿の上に放置されている。出す側も最初から食べられる分だけ出してくれればいいのにと思う。これは明らかに太陽エネルギーの浪費である。こうした無駄にまでお金をつかって更にお金を得るために働いていては心身ともに消耗してしまう。これでは一向に豊かな生活はできない気がする。それに対して今回のグリーンパル・カフェの懇親会では、最後に残ってしまったおいしい料理を折り詰めに詰めてちゃんと持って帰られていた。ここでもまた感心であった。というわけでグリーンパル・カフェ初参加は感心感心な一日だった。

報告者 明石詩子

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