グリーンパル・カフェ Vol.9 report 
「自然の力を借りて、傷ついた子ども達の心の扉を開く」
〜アメリカ・ニューヨーク州の治療施設 グリーン・チムニーズの試み〜 (報告:三ヶ原靖典)
今回の講師は、フォトジャーナリストの大塚敦子さん。大塚さんは、アメリカでHIV感染者・エイズ患者を取材して以降、「自然の中にある“人を癒す力」をテーマに取材活動を行っている。これまでに取材を行ったのは、刑務所の介助犬育成プログラムやみどりによる更生プログラムなどだ。こうした取材活動の中でいつも話題にのぼっていたのが、グリーン・チムニーズ。グリーン・チムニーズは、アニマルセラピーや園芸療法を取り入れた精神治療で世界的にも有名な治療施設である。大塚さんは、2004年春から夏にかけ2ヶ月間、グリーン・チムニーズに泊り込み取材を行った。一体、グリーン・チムニーズではどんな方法で傷ついた子どもたちの心の治療に当たっているのだろうか。
◆グリーン・チムニーズとは
NYの北、車で一時間半ほどの小さな村、ブルースターにグリーン・チムニーズはある。敷地面積は64万平方メートル。広い敷地の中には、学校、寄宿舎、病院、農場、畑、野生動物保護センターなどがある。
ここで子どもたちは、350匹の動物、さまざまな専門分野のスタッフとともに治療生活を送っている。
グリーン・チムニーズに来る子どもたちは、情緒不安定、学習障害、暴力的な態度などのため、家庭や学校などにはいられなくなった子供たちだ。その多くは、家庭や学校で虐待やいじめを受けたり、崩壊した家庭に育って、心に深い傷を負っている。
グリーン・チムニーズに入所できるのは、男子は6歳から12歳。女子は6歳から10歳である。女子児童の年齢制限を下げているのは、12歳を超えると治療効果が落ちるから。女の子は成長が早い。
入所には、教育委員会や児童保護局の許可がいる。行政機関が一定の入所基準に見合った子どもたちをグリーン・チムニーズに送り込んでくる。かかる費用は行政とグリーン・チムニーズが負担。親の負担はない。子どもたちはここで平均約2年間の治療生活を送る。
グリーン・チムニーズは、問題行動のある子どもたちが実際に罪を犯したり、非行に走ったりするまえに介入する、予防的な治療施設として位置づけられる。日本では、子どもたちが罪を犯したり、また、児童虐待が発覚しないと行政機関は対応しない。しかし、アメリカでは、予防的な効果を持つ、早期介入という考え方が主流になっている。
グリーン・チムニーズの創設者は、14歳で大学に入学し、他の学生たちとの年齢差のために孤独な学生生活を送った。その時、動物たちと接することで心を癒され、卒業後は、「子どもたちが自然の中でのびのびと動植物の世話をするような学校をつくりたい。自分たちの食べるものは自分でつくるような共同生活をしたい。」という夢を持っていた。これがグリーン・チムニーズのコンセプトであり、社会福祉施設となった今も運営の基礎となっている。
グリーン・チムニーズには、多様な施設とそれに連動したプログラムがある。野生動物保護センターでは、野生動物のケア・プログラムが、農場ではウサギやヤギなどの飼育プログラムが、また、畑では有機農業プログラムなどが用意されている。これは子どもたちにとっては、自分の興味に合った選択ができるということであり、また、治療する側にとっては、子どもの性格や、生い立ちにフィットする治療プログラムを提供できるということでもある。
◆事例紹介
では、プログラムごとに事例を紹介していこう。
●事例・・・農場で(カール11歳の場合)
カールは、やさしく、穏やかな男の子。寮でも一番の人気者だ。しかし、ここに来る前のカールは、問題児だった。引きこもったり、ちょっとした注意にも過剰反応していた。
彼は2歳の時に、育児放棄した母親から引き離された。母親は麻薬乱用者だった。以来、里親家族を転々として育ち、虐待も受けてきた。また、彼には母親に愛された記憶がなかった。そのために彼は、自分を尊び、愛する気持ち(セルフ・エスティーム)がないままに育ってしまった。こういう生い立ちの子供は、概して自分を受け入れることができないといわれる。同時に、人を愛することや、尊重することもむずかしい。彼は、精神病院や他の治療施設での治療もうけたが、効果はなかった。
グリーン・チムニーズに来て、数カ月後。目覚しい効果があらわれた。
動物たちは彼の本当の性格を見逃さなかった。優しいカールは、すぐに動物たちと仲良くなった。また、動物の扱いが上手な彼は、スタッフの信頼も勝ち取った。彼は、親鳥に見放されたエミューのヒナに愛情を注ぎ込んでいる。自分の境遇に似ているエミューのヒナに、自分を重ね合わせているようだった。
●事例・・・野生動物センターで(カールトン14歳の場合)
カールトンは、野生動物のケアには自信を持つ14歳の少年だ。
「動物たちが開く心の扉」の表紙は、彼が野生のフクロウをケアしている写真を使った。 ここに来る前の彼は、家庭でも、学校でも手のつけようがない暴れん坊だった。彼が攻撃的になったのは、両親の離婚後しばらくしてからだったそうだ。
ここに来たとき、彼は動物が好きではなかった。「男はタフであらねば」といわれて育った彼は、ウサギなどのかわいい動物に興味を持てなかったのだろう。ところが、野生動物には興味を持った。彼はスペインから来た女性獣医のもとで、野生動物の世話をはじめた。ワシやタカなど今まで見たこともなかった野生動物。スペイン人の獣医。彼にとっては未知なものばかりだった。しかし、彼は未知なるものに挑戦し、成功体験を積み重ねていった。
彼はもうすぐ、ここを出て、父親のもとに帰る。それはまるで、彼が世話をしてきた動物たちが、また野生に戻るときのようだが、彼ならきっとちゃんとやれるはず。新しい学校や社会という未知な世界に飛び込んでいけるだろう。
●事例・・・オーガニックガーデンで(リッキー13歳の場合)
メインキャンパスから少し離れた場所に、グリーン・チムニーズのオーガニック・ガーデン(有機野菜農園)がある。このガーデンは、子どもたちに人気の場所だ。ここでは放課後、ちょっとしたお小遣い稼ぎができる。これは”Learn &earn”(学んで収入を得る)という教育プログラムの一つで、子どもたちは農作業の対価として、賃金を受けとることができる。
このガーデンには、シーズンになると近隣の人々が有機野菜を買い求めにくる。お客さんたちへの対応も子どもたちの仕事である。
リッキーは、このガーデンで働く笑顔の素敵な13歳の少年だ。
彼は約1年前にグリーン・チムニーズにやってきた。彼は自己表現の不得意な子で、不満を暴力的な行為で現してしまう。
ガーデンで働くようになる1か月半ほど前、彼は突如として暴れるようになった。両親の離婚話が持ち上がったのと、ほぼ同じ時期だという。そこで、彼の治療チームがガーデンでの作業を試してみたのだが、これがとても効果的だった。彼は学校では他の子どもたちと協力し合えないのだが、ガーデンでは、他の子どもたちと共同で作業ができるようになった。
さらに、彼の担当ソーシャルワーカーは、怒りっぽい彼に、スケッチブックを与え、口で表現できない場合、絵で表現するようにアドバイスをした。彼は、このアドバイスを受け入れ、暴力をふるう代わりに、怒りを絵に表現するようになった。ガーデンでの作業と、スケッチブックは、相乗効果を発揮し、彼はかなり自分をコントロールできるようになった。
実は、彼は、小学校の頃、前歯が大きいことをからかわれて以来、口を開けて笑えなくなっていた。しかし、取材のとき、彼は畑でとった野菜を手に、満面の笑顔を見せてくれた。
(注)カフェでは、上記事例のほか、介助犬育成プログラムでの事例、農場での事例紹介が行われたが、ページの都合上、割愛させていただく。詳しくは、本を読んで欲しい。
◆まとめ
では、ここまでの話の中でポイントをまとめてみよう。
●早期介入の効果
グリーン・チムニーズでは、活動の効果を数値化していない。子どもたちがどれだけ幸せになれたか、社会でやっていけるようになったかは、数値化ができないからだ。しかし、行政、保護者、一般社会からは高い評価を受けている。
●自然の中での治療活動の利点について
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命をいつくしむことを学ぶことができる。
これは大人が言葉で教えても伝わらない。瀕死の動物のケアや出産の手伝いなど、実際に手で触れ、肌で感じることでいつくしむことを知ることができる。
これも言葉では伝わらない。大切にされたことがない人はわからない。また、人に傷つけられた人は、人に心を開けない。ところが動物には心を開けるし、野菜もある。選択肢が広いため、そのうちのどれかは心に届く可能性がある。動植物を通して、物や他人、そして自分を大切にすることを学ぶ。
また、自分には何の価値もないと思っている子を動物が無条件に受け入れてくれることで、自分に存在価値があることが言葉を超えてわかってくる。
そして、親に愛されたことがない子でも、動物たちからの愛を受け取ることで、愛される経験をする。これも言葉では伝わらない。グリーン・チムニーズでは心から湧き上がってくる感情を経験できる。
●日本版グリーンチムニーズの可能性
半世紀の経験を培ってきた本家とは違うため、日本版グリーンチムニーズはそう簡単ではないだろう。しかし、アメリカでは部分的に取り入れている施設は沢山あるので、日本でも、すでにある児童保護施設などで、取り入れることは可能だろう。子どもの心のケアができる精神科やソーシャルワーカー、子どもたちのニーズがわかる児童保育や養護のスタッフ、動物行動学の専門家・自然の中で緑を育むことができる園芸のプロなど、5?6人くらいの専門スタッフを確保できれば可能ではないか。
◆講演を振り返って
いままでアニマルセラピーや園芸療法という言葉を耳にしたことはあった。しかし、これほど大規模に運営し、数々の成功を収めている組織があるとは知らなかった。日本でも総合教育や児童虐待は大きな社会問題としてクローズアップされている。生活の中で学べるというスタイルの総合教育や、早期介入など、日本が学ぶべきものが沢山あると思う。
また、精神科医だけでは治療困難な子どもたちを、ソーシャルワーカー、寮のスタッフ、獣医師、さらには動物や植物や自然などとの触れ合いを通して立ち直らせていく仕組みは本当に素晴らしいと思う。それぞれが互いに作用しあい、うまく調和した関係を築いているグリーン・チムニーズに、私も是非一度行ってみたい。
今回の講演は、グリーン・チムニーズのような施設の必要性と導入のための方向性を示してくれた。日本でも自閉症や学習障害、校内暴力などの問題を抱える子どもが増加しており、グリーン・チムニーズのような施設の必要性を痛感した。
私の胸には、「まずは、身近なところから、できることから始めて、グリーン・チムニーズのように多くの子を救ってあげて欲しい。」という大塚さんの熱い想いが残った。私ができることは、身近なことからでも始めなければならない。そういう気持ちにさせられた。
講演の後日、家で本を読み、目頭があつくなった。最初は問題を抱えていた子たちが次々と立ち直り成長していく姿を思い浮かべ、言葉では言い表せられない心温まる気持ちになった。場所と言語の壁を取り払い、私達に素晴らしい感動を伝えてくださった大塚さんに改めて感謝したい。
(三ヶ原靖典)


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